第1話/夢の中での始まりと帰路

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 その身軽さに驚きを噛みしめつつ、構図が人攫いにしか見えないのが残念だ。  目的地に辿り着いた男は、一旦屋根から降りると、建築現場に組まれた足場の様子から運び方を急遽お姫様抱っこへ変更。  今のところ追っ手の姿は見えないが、組まれた足場を軽快よく駆け上がった男は、霧に包まれた上層部に到達したところで足を止め。安定した踊り場で抱えていた男の自分を下ろすと、焦る気持ちを抑えるように呼吸を整えた赤髪の男は言う。 「帰りましょう。私は、そのお迎えに上がったのです」  ――……何処に?  夢の中とは言え、現実なんてロマンの無い事を言うのだろうか?  首を傾げて見せると、危機感を覚えた赤髪の男は、(はや)る気持ちを抑えるように胸元に手を抑えて必死に説明を加える。 「分からないでしょうが、このままでは貴方が貴方でなくなってしまう。……それでは困るのです……」  ――……どうして?  見知らぬ男に付いて来られたのは、夢の中だからこその出来事。現実に戻れば、きっと恐れをなして抵抗したことだろう。  返答に困っていると、  人気に気付いた赤髪の男が言葉を続ける。 「彼女も、貴方の事を思って私に力を貸してくれたのです」  その視線の先を追うと、向かい側の踊り場で今にも泣きそうな顔を浮かべる女の自分が居た。  ――何が一体、どうなっているんだろう?  夢の中だから理解出来なくて当然なのかもしれない。それでも今、不思議と目にしている〈女の自分〉が他人に見えて複雑な気持ちになる。 「行きましょう!」  傍にた赤髪の男が、自分自身であったはずの〈女の自分〉を見入る〈男の自分〉に手を差し伸べ、強く同行を促してくる。  けれど記憶に無い男に促されたところで、決意出来るはずも無く。助けを求めるように〈女の自分〉へと視線を移した。  すると向かい側から、女の自分が声を張り上げて男の自分に言う。 「行って! 大丈夫だから……。ずっと友達でいるから!!」  でも今一つ状況を掴みきれない男の自分は、返す言葉がなかった。
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