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「はーっ、笑った笑ったぁ。」
「ちょっと待てよ!?俺まだ意味わかってねえんだけど!?」
「ハイハイ、ビブラートじゃなくオブラートに包みましょうね~。」
あ。口を大きく開け、間抜けな顔をするバカはとりあえずもう放っておこうと思う。気がつけばもうほとんどの生徒がいるようだ。…あれ、そういや沙織いないな。宮川~、と声をかけようとしたときだった。凄まじい衝撃とともに首元に何かが巻きつき、グッと力を込められた。ぐぇっ、なんて決して女らしくない声が漏れる。
「由良ちゃん高校デビューしてないじゃーん!私楽しみにしてたのに!!何でしてないの!?ねえ!何で!?」
「うるせええええ!」
「痛ッ!由良ちゃん酷い、私女の子よ!」
ぎゅうっと抱きついてくる女、沙織の頭を叩いてから体を離す。沙織は中学からの親友というやつで、宮川の彼女だ。なんだこいつらマセてやがるぜ、が私とアキの共通の第一印象だったが、今となっては宮川に申し訳ないくらい私にゾッコンらしい。ゴメン、宮川。彼女はいただいた。
「ほら、沙織。もうそろそろ時間だよ。」
「ええっ!?ちくしょー、東堂そこかわれよコラ。」
「お前相変わらず俺には酷いな!」
だって、と駄々をこね始めた沙織の首根っこを掴んで宮川は自分の席に戻っていく。…なんだかなあ。中学時代と何も変わらなさすぎて、高校生になった実感がない。 でも周りの人間は確かに自分が知らない人間ばかりで、環境が変わったのは丸わかりだ。…うーん、むずかしい。これが乙女の移ろう心ってやつか。
「由良、お前今変なこと考えてねえか?」
「んー、私みたいな乙女の心は難しいなって」
「……ぶわっはっはっはっ!!お前が乙女ェ!?」
「うるさい黙れ、てめえ今日飯抜きにすんぞ」
「ゴメンナサイ」
すぐに頭を下げたアキに、よし、と言ってから窓の外を見る。やわらかな春風が頬を撫で、教室のなかに吹き込んだ。あと数分。あと数分で私たちはだだっ広い体育館で、校長や色んな人の退屈な話を聞いて、ホームルームをする。それでも、きっと私はまだ実感が湧かないんだろうな。…変わった気は全然しない、でも、確かに変わっている。これから先、苦しくとも、辛くとも、楽しい日々になればいい。ただそう願って一つ笑みをこぼした。
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