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しかし彼は、紛れもなく私を見据え、静かに話始めた。
「なあ……覚えてるか……?まだ戦争が始まって日が浅かった時の……スラバヤ沖でのこと……」
唐突に切り出された思い出話。
……忘れるわけがない。あの日は……あの時の出来事は━━
「人望の厚かった、工藤艦長の下で……400人もの英国兵を……助けた日のことだ……」
息絶え絶えに、彼は言葉を紡いでいくが……その姿でさえ、見るに耐えられなかった。
その苦しさは尋常ではないはずだ……お願いだから、もう止めてほしいと思っても、彼にその気持ちが届くことはない。
「あの時の俺は、……自らの憎しみを過剰に増幅させていた……でもそれには、訳があった……ウッ、ゴホッゴホッ!!」
激しく咳き込み、血の塊を吐き出すも、彼は再び口を開く。
「━━怖かったんだ……威勢よく海軍に志願したはいいが、それまで一民間人に過ぎなかった俺に、人を殺す勇気なんて備わっちゃいなかった……
だから、兄貴と友人が殺されたことを糧に、憎しみを自分の中で育んでいって……自らを偽らなければ、『これは戦争だから』と割り切る事が出来なかったんだ……」
彼の声は弱々しく、そして哀しみに包まれていた。
確実に死へと向かっている彼の前に佇むことすら耐え難い……
「でも、そんな中で……俺達は大勢の命を救った……
彼らにだって……俺達と同じように、祖国に家があって、家族や大切な人がいる……
もう死ぬんだと諦めた矢先に救いの手が差し伸べられたら……どれだけ嬉しいことだろうな……今なら、あの時の彼らの気持ちがわかる気がするよ……」
「救助した後に取れた休暇で実家に戻ったとき、家族にどう話そうかと迷ったけど……最終的に話せてよかったと思ってる。父さんも母さんも、『良いことをしたな』って褒めてくれたから……
……高野さんの、言う通りだったんだ━━」
彼の目尻から、一粒の雫が伝う。
「━━俺達は、殺しに餓えた化け物じゃない……『人』として……何よりも誇れる行いをしたんだ……」
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