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『━━前方に浮遊物多数!』
と、突然鳴り響いたのは、スピーカーから発せられた艦橋上部で周辺監視にあたっていた兵士の声だった。
『……あれは……人……!?』
その声に、前原がハッと顔を上げる。
……不意に嫌な予感が、体を駆け巡った。
「人だと……まさか……?」
『敵兵だ……浮遊物は敵兵!』
それを聴いた瞬間、前原は何かに弾かれたように駆け出した。
「おいっ!待て前原!」
高野も慌ててその後を追っていく。
━━果たして、僅かに抱いていた私の嫌な予感は的中してしまった。
甲板には、既に多数の兵士達が見張りからの報告を聴いて集まっていた。
……その表情は総じて『憎しみ』に染まっている。
「昨日の海戦の生き残りか……」
「はっ、惨めだな」
「機銃を用意して、片っ端から撃ち殺してやりましょう!」
「止めとけ、あんな連中に撃ち込むだけ弾の無駄だ」
「あの様子なら、放っておいてもその内力尽きて溺れ死ぬだろうな」
その口々から発せられる言葉は、どれも無慈悲なものばかりである。
ただ冷酷な言葉達だけが甲板を行き交う……
……「止めて」と、思わず叫んでしまいそうになる。
私はこの様な瞬間が……大好きな戦友達が、憎悪に支配される瞬間が大嫌いだった。
……分かっている。自分達は軍隊の一部。無駄な情け等は却って命取りとなる。
私自身もこの時代に生まれてきた以上、戦争というものに身を投じる運命だったことは容易に想像がつくが、しかしそれでも……
戦争と全く関係の無い色恋沙汰の話に花を咲かせたり、甲板上で行われる相撲大会で盛り上がったり……
皆で心から滲み出た笑顔を輝かせながら過ごす時間の温かさを知っているだけに、敵兵を前にした今この瞬間に満ちている『憎悪』に私は耐えられず、せめて戦友達の「殺せ」という言葉が聞こえないように努めることしか出来なかった。
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