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独立記念日といったところ。
「いえ、そうでは無くて、食欲の方です」
「…………? ああ」
言われてみればそうだった。
以前――といっても、ちょっと前の事だ――の僕は、全く食べたくなかったのではなかったか。
それが今ではこうなのである。
ご販――ふっくら美味しいな。
焼き魚――いけるいける。
高野豆腐――ナイス食感。
この変化は何なのか。その美味たるや、当社比3.7倍といったところ。
「うん……何か、妙に食欲があるな。何だだろ?」
「でも、いい事です」
「うん……でも、君は残念かもね」
「???」
「だって、手伝えなくて」
「……意地悪ですね」
軽く口を尖らせた。ちょっと珍しい表情。
いつの間にか、こんな軽口をたたけるようになっていた事を、僕は嬉しく思った。
(食欲……か)
けれど、ほんとにどうしてなんだろう? 遅れてやって来た成長期? いや、まさか……。
(あ……)
昨日、アイスを食べながら言われた言葉が思い出された。
病は気から。
もしかすれば、僕は、自分で自分の背中を、ある一点へと推し進めていたのかもしれない。
死、という縁へと。
その向こうには、魂ひしめく海がある。
「でも、こんな風に食べられるようになったのは、君におかげかもしれない」
「どうしてです?」
「いや……はっきりとした理由があるわけじゃ無いんだけど」
「…………」
少女は不思議そうに首を傾げた。
僕は、しゃくしゃくとご飯を噛んだ。
それが何を意味するのであれ、僕には変化が訪れた。
物事が静止状態を打破するには、何らかの力が必要だ。慣性の法則もそう言っている。
その力とは?
それは考えるまでも無かった。
その目には見えない力を持った少女は、今は鳥にご飯をあげていた。
「そう言えば――」
と僕は、前から不思議に思っていた事を口にした。
「どうして腹話術なの?」
「え?」
「いや、その鳥さ。誰に見せるわけでも無いんでしょ? なのに、腹話術だなんて……」
「…………」
迂闊なフレーズを口走った事に、数秒して気が付いた。
「あ……と、ごめん」
「いえ、いいんです」
そう言ってくれたものの、その表情は沈んでいて、僕は滑った口を悔やんだ。食べ物がヤスリになっていたのか。
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