第1章

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 それからは、ただ、食器が鳴る音だけが聞こえる食事となった。  やはり、何事も、気が――精神が作用しているのかもしれない。  食べ物は、以前の僕が慣れ親しんだ味へと転落していた。  「午前だってのに、暑いなあもう……」  ぶつぶつと文句が漏れてしまう。  散歩気分でも味わおうと、自転車を使わなかったのが失敗だった。と言って、引き返すのも億劫だ。  それで僕は、自らの失敗と全てを焼き尽くす勢いの太陽に苛まれながら、道を歩いているのだった。  ジュースを買いに出ていた。別に、喉が渇いたわけじゃ無かった――もっとも、今は渇いている。  少女との間に気まずい雰囲気が漂ってしまい、それを払いたかったのだ。  (帰る頃には、ぎくしゃくした感じが無くなってればいいけれど……)  良く分からないが妙に不安だ。かなり不安だ。  緊張のせいか、お腹がぐるぐる鳴って、さっき食べた物が執拗に食堂を登ろうとしている。  勇気あるロッククライマー。  ………………。  …………。  ……。  (あ)  何歩か歩いて、どうしてそんな不安なのかに気が付いた。  彼女に嫌われたくないと願っている。  その願いは叶えられるのだろうか?  結果を知りたくて、足が速まりそうになる。  けれどそれは、冷却時間の短縮化だ。  「う~……」  太陽と自転車と、さらには反発しあう感情にまで苛まれ、僕は、早足にしたりゆっくりにしたりを繰り返したのだった。  ………………。  …………。  ……。  てくてくてく、と道を引き返している。手にはビニール袋をぶら提げて。中には、烏龍茶が2本にチョコ菓子が入っていた。両方とも適当に選んだ物だった。  僕は、ろくに少女の好みも知らなかった。  帰ったら早速聞かなくては。  買い食い。  僕が今行っているのは、紛れもなく買い食いという行為だ。  それが僕を、ちょっとばかり興奮させていた。  何故って、自宅に居た頃は、そんな事したことも無かったから。  振り返れば、シリカゲルみたいに乾燥した毎日だったと思う。  夏の太陽がこれ程強烈だった事も知らなかった。  買い食いもする事が無かった。  誰かと一緒に食事をするような事も無く、ただ一日を、本を読んだりして過ごすだけ。  そんな毎日を、よく10年近くも続けてきたよな……。  (嫌だ嫌だ)  もう戻りたくは無い。
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