第1章

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 カタツムリのような追走劇が一旦幕間に入る。  暑い。  全身にだらだらと汗が流れていた。新海さんの額にもびっしりと水滴が浮かび、けれど、父さんは涼しげだった。  「あいつも……」  炎天下、氷のような声だった。  「あいつも、同じだったろう?」  新海さんには意味が分からなかったらしい。  台詞を忘れた役者のように、うろたえた顔をした。  同じ。  そう、同じなのだ。  母さんも父さんも、僕に眼を向けていながら、その実、僕を見ていなかった。  いったい、何を見ていたのだろう?  あの視線は、そして目の前のこの視線は、どこに向かっているのだろう?  ビニールのひもを中指に引っかけた。  気取られないよう、慎重に。  そして、狙いを定める。  僕は呼びかけた。  「新海さん」  「え?」  不意にスポットライトを浴びせられ、眩しそうな新海さん。  僕はビニール袋を放り投げた。  「パス」  ゆっくりと。いっそ牧歌的とも言うべき放物線を描き、ビニール袋は新海さんの元へ。  「お」  体勢を崩し、それをキャッチしようとする。  それを見僕は――。  ――ダッ!  振り向きざまに、地面を思い切り蹴る。  走った。  「あ、ま、待てっ!」  背後からの声に、却って尻に火がついたような気持ち。  とにかく走る。  走る。  後ろから、声が追いすがってくる。  アドバンテージがあるとは言え、体力を考えれば、捕まる可能性が高い。  狭い方、狭い方へと逃げていく。  僕の小さな身体が、新海さんの視界から消えてしまうような場所。  闇雲に見えて、しかし、最善のルートを選択しているという自信はあった。  後は、肺が裂けるまで走るだけ。  走る。  走る。  走る……。  ………………。  …………。  ……。  「はあっ、はあっ、はあっ……」  暴風警報が必死に思えるこののどは、僕にはちょっとした新発見だった。  両膝に手をつき、熱い息を全身をふいごしにして吐き出す。鼻の先から、鼻水とも汗ともつかない物が零れ落ちた。  倒れそうだ。ともかく、地べたに腰を下ろす。  下草が柔らかい。  (虫がうるさいな……)  雑木林の中だった。木漏れ日がちらちらと舞い下りてくる。虫の音も。  音と光と汗と、ついでに言えば草いきれにまみれて、僕の身体はがたがたと震えていた。  寒い? とんでもない。
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