第1章

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 「分かってるくせに」  「知らない」  「嘘」  「え?」  「誰がと言い直すのね」  「…………」  そう、彼は戻ってこなかった。  いったい、どうしてしまったのだろう?  あのまま、どこかへ行ってしまったのだとはとても思えない。買い物に行くと言っていた。  では、何故戻ってこないのか?  「知ってる?」  「何を?」  「彼が、キミを見てなんかいないって事」  「嘘」  「分かってたくせに」  「だって、見えてる」  そう、見えているはず。  会話して、  触れて。  そんな事は、見えているからこそ可能な事。  けれど――。  「……そう、彼の目は、私を通り過ぎている」  「認めるんだ?」  「うん」  「寂しいね」  「うん」  「寂しいのは、いつになっても慣れない」  「…………」  彼は、何をみているのだろう?  その視線は、どこか遠くに向かっていた。  私に向けられ、けれど、私を見ているわけでは無い。  それは、初めから分かっていた。  何故って、それは私も同じ事だから。  私たちは、お互いにお互いの眼を見ながら、その存在は視界に入っていなかったのかもしれない。  何て、寂しい。  ざば~ん……。  ざば~ん……。  私は、繰り返す波の音を聞いている。  耳に脇を通り抜ける風の音を聞いている。  ただ、時間が通り過ぎていく……。  ………………。  …………。  ……。  (助けて!)  (お父さん!)  (どうして黙って見ているの?)  (どうしてそんな目をしているの!)  ――そうね。そうよね。別に、もうあの男を気にする必要は無いんだわ。  ――何故って、私にはあの人が居るのだから。  お、お母さん……。  あの人って、誰なの……?  誰よりも大切な人って……。  ――そう、あの人は、私の大切な人。けれどね。  お前も大切なのよ。だって……。  ――お前は、あの人の生まれ変わりなんですもの。  (生まれ……?)  ――だから、お前の中に、あの人が居るのね……。  (ああ……)  (助けて……)  ――いい? お前は、あの人なのよ。お前は、お前じゃ無いの。  ――お前は、あの人なの。  (あの人……)  (お母さんは、あの人を見ている……)  (僕に……僕の中に……)  お母さんの眼は、だから……。  ――ああ、あの人が手を振っている。
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