第1章

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 ――幸せに、暮らしてるのね。  お母さん……?  ――私も、幸せになりたい。  あ……。  (のどがひくっとなって、声が出ない!)  (お母さんの手が握っているのも!)  (さっき、きらっと光ったもの!)  (あ……)  (あ……)  あ……。  ああっ!  ナイフッ!  (めちゃくちゃな力を入れて、やっと声が出た)  (ナイフ!)  (お母さん、ナイフを持っている!)  (助けて!)  (助けて、お父さん!)  ああ……。  どうして、どうして……。  どうして黙って見ているの、お父さん……。  (ナイフが……)  (ゆっくりと、静かに……)  (持ち上がった……)  ………………。  …………。  ……。  「うぅ……」  口から呻き声が漏れ、僕は目を覚ました。  目覚めて、まず思った事。身体中が痛い。  どうにも、雑技団にスカウトされるほどの不自然な体勢で眠っていたらしい。  首を起こし、辺りを見回す。  (ここは……)  夜。虫の音と、草がこすれる音が聞こえてくる。  ああ。思い出した。  あの後、気を失うようにして倒れたんだった。  ぎちぎちと鳴る身体を一生懸命に起こす。  やっぱり、夜は暗い。  僕は、雑木林から抜け出た。  ふらつく足を地面に踏みしめる。  彼女に会いたい。まず、そう思った。  どこに居るだろう? 旅館だろうか? いや……。  水滴を払うように頭を振る。  酷く体調が悪くなっていた。  それでも、歩き出す。少女の待っている場所。  そこはたぶん……。  右へふらついた。  右足を突っ張り、何とか踏みとどまる。  歩を再開すると、今度は左にふらついた。  (う……)  ――どさっ  嫌という程に腰を地面に打ち付けた。  (痛……)  しばらく、そのままうずくまる。痛いからじゃ無い。身体に力が入らない。  (くそ……)  ばちばちと音が鳴る程に歯を噛みしめた。ざりざりと、握りしめた拳が地面を引っ掻く。  あの場所へ。  彼女の待つ草原へ。  ほとんど信仰心のようなそれでもって、何とか身体を持ち上げようとする。  と――。  「ひっ!」  耳に届いた音は、どうやら僕が発した悲鳴らしかった。  地面に。  地面から、光が目に飛び込んできた。  空には星明り。  何かが、反射したのだ。  いったい、何が?  がちがちと歯が鳴った。
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