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気がつくと、私はまた、この場所へ来ていた。
高台にある一本の、桜の木の下に。
蕾が膨らみ始めたその桜は、ここからひっそりと街を見下ろしている。
私は、姿の見えない彼女に、そっと話しかけた。
「ねえ玲菜、もうすぐ花が咲きそうだよ」
そのとき、風が吹いた。
春の匂いとともに、懐かしい彼女の声が、私の横を通りすぎた気がした。
玲菜と私は同じ大学の四年生で、明るくて可愛い彼女のことが、私は大好きだった。
親友だと、思っていた。
あの日までは。
ううん……、今でも私は、彼女の親友なのかもしれない。
だってこうして、玲菜が見るはずだったこの景色を伝えるためだけに、私は今日もこの場所へ来ているのだから。
人も来ないようなこの場所で、この木は一生懸命に桜の花を咲かせようとしている。
私は、木の幹に触れながら訊いてみた。
その花は、誰のために咲かせるの?
木は、何も答えない。
そうね、
それはきっと、ここにいる玲菜のため……
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