343人が本棚に入れています
本棚に追加
/879ページ
信長以外に誰も瑞兆の存在を認知出来ない以上、そこに瑞兆が関与したかどうかは、分かる訳がないのだった。
つまり、瑞兆の自称する力があるかどうかは、信長だけの気の持ちよう次第ということだ。イワシの頭も信心からといったところだろうか。
良いことがあれば瑞兆のお陰、悪いことがあってもその中に良いところを見つけて瑞兆のお陰と考えていれば、成り立ってしまう。
もしも、信長がこれからの戦いの中で非業の死を遂げることにでもなれば、瑞兆の力が実在しなかったと証明は出来る。
しかし、そんな命懸けの試みを望んでする訳にはいかない。
そして困ったことに、信長が生き延びている限りは、それが信長の本来の幸運の故なのか、瑞兆の力の故にそうなのか区別は出来ないことになる。
かなり際立った幸運でも目の当たりにしない限り、瑞兆相手に押し問答をしていても埒が明かないということだ。何か張り詰めていたものが、急速に解けていく。
「ふ、まあ本当かどうか確かめようのないことで論じ合っても時間の無駄のようじゃ。とりあえず今宵、命があったのはお前のお陰……」
瑞兆が輝度を増して身を乗り出しそうになった。
「……かどうかは別として運が良かったのは事実じゃ。精々、幸運の縁起物ぐらいには認めてやろうぞ……」
信長は、薄く笑み顔になると、昏睡したかのように仰向けに倒れ込み、寝所に瑞兆を置き去りにして、豪快に眠りの世界へ落ちて行った。
こうして、信長の当初の意気込みとは程遠いささやかな反撃は幕を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!