反撃 萱津合戦(前編)

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 その表現にも言いたいことはあるものの、疲れている信長はとりあえず話を進めることにした。 「目先、笠寺の数百、まあ精々千ほどの軍勢を拘束する為に、今川の甲駿同盟強化を後押ししたと申すのだな。そして、太原雪斎を遠ざける為、更に甲相駿三国同盟をも餌にすると」 「我が力の及ぶ奥行きの広さに驚きましたか?」  瑞兆は、かなり得意げに胸を張った。今度こそ、信長が恐れ入るのを期待しているようだ。 「ああ、目先僅かな利益の為に、敵を強大化させて頓着しないお前の発想には驚いておるわ。来年か、もう少し先になるかは分からんが、後顧の憂いが無くなった今川勢がこの尾張に押し寄せて来るお膳立てをして来たのじゃな」  瑞兆は、『やれやれ』と口走りそうな溜め息をつくと、両手の平を肩の高さまで上げて首を振った。 「そんな遥か先のことなど心配せず、目の前のことを一つ一つ片付けて行かねば、足元を掬われるのですよ」 「俺を天下人になどと、それより遥か先のことを言い出したのはお前の方ではないか!」 「もう、そなたは揚げ足取りの名人なのですよ」  瑞兆は、半ば哀れみを込めて信長を見返した。 「いや、揚げ足取りではなかろうが」  なぜ俺の方が、呆れられた感じになっているのだ。  信長は、睡魔に思考能力を蝕まれ、効果的な反撃が出来ないもどかしさの中にあった。  瑞兆は相変わらず掴みどころの無い受け答えで、何ら自らの強大な力について確証を得られる言質は与えない。  今日の話も、結果を見た上で編み出した後講釈、と考えられなくもない。その疑惑を解ける証拠は何も無いのである。  例えば今川義元に、まだ誓詞を交わしたばかりのはずの武田家との婚約、同盟強化について、誰が問合せできるのか?  あり得ないことを承知で、百歩譲って問合せ出来た、奇跡的に回答してくれたとしても。
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