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「今は……これが精一杯なのです」
振り返った瑞兆の表情は、もうよく分からない。
「この力は何処から出た?」
信長が望まぬ限り、瑞兆は無力のはずだった。
「手向け……なのです」
その簡素な一言で信長は納得した。
「であるか」
瑞兆の手向けで束の間、今川軍に発生した混乱は局所的なものである。
信長は汗と血糊にまみれた槍の柄を拭った。
「皆の者っ。もう一暴れじゃ!」
この僅かな隙を衝いて、残る味方の人数に倍する敵を倒し、信長たちはもう一町進んだ。
毛利新介が倒れ、服部小平太が自らの体躯に倍する敵兵と刺し違える。
最後まで側を離れなかった岩室長門が、信長をちらと見た。
城に攻め込まれた訳でもないのに、彼ら近臣は信長の側を離れなかった。
それは驚くべき戦意、否、忠誠心であった。
「「いや」」
信長と目が合い、切腹ではなく最期まで戦うことを確認した長門守は近づく敵を迎え撃つ。
「壮大な切腹とは、よく言ったもの」
もはや光点の集まりとしてしか認識出来なくなった瑞兆に語りかける。
「これまで世話になったな、瑞兆」
その言葉に反応して瑞兆の姿が僅かに再形成された。
「遅いのですよ」
「吉兆にも伝えてくれ。それとも聞いておるか」
「「いや……」」
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