352人が本棚に入れています
本棚に追加
/906ページ
正確には、最後まで話せる状態ではなくなった所で、察した瑞兆が吉兆の物語りを止めたのだった。
またしても涙を溢れさせ、咽び泣く吉兆を前に、瑞兆は溜め息をついた。
「これほど長く、緻密な夢。これは、やはり見てしまったのでは……」
とそこで、吉兆に目をやった瑞兆は絶句した。
そこには、虚ろを通り越してもはや骸と化した吉兆が、無表情に俯いていたからだ。
「いやっ、そうとも限らないのです」
瑞兆は慌てて前言を撤回した。
「この我が、こんなに大人しく引き下がり、傍観に徹するような真似をするはずがないのですよ」
「でも姉様は、最期には自らの存在を賭して力添えを……」
またその場面を思い出して泣き崩れる吉兆を、瑞兆は困った顔で見守りながら言葉を探す。
昨夜、瑞兆の取り付く暇さえ無く歩み去ろうとした信長の前に、出ることも追い縋ることも儘ならなかった吉兆である。
しかも、夢が本当なら今夜には信長に門前払いを受け、立ち竦んで悄然と引き返してしまうことになる。
信長の拒絶に対して儚いまでに臆病な吉兆を、どう励ましたものか瑞兆は暫し思案していた。
その末に、決然と口を開く。
「泣いていても始まらないのです」
最初のコメントを投稿しよう!