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吉兆は霹靂に打たれたように目を見開き、たじろいだ。
「……姉様、わ、たしは、私は」
その瞳に、今朝から幾度目になるか分からない涙が溢れ出す。
「臆病の余り、大事なことを見誤っておりました」
悔恨の念に駆られた吉兆の瞳に決意の光が宿る。
「ただ底の浅い恐怖心に身を委ね、事態がこんなことになるまで閉じ籠り、目先の安寧を求めてしまいました」
「そこまでは、思い詰めなくても」
吉兆がそうなった経緯をよく知る瑞兆は、宥めにかかった。
「本当に、真に恐ろしいことに比べれば、たかが言葉を、思いを拒まれることが何だというのでしょう? 信長様が生きてさえいれば、いつか取り戻すことも出来るというのに。し、死なれてしまっては、し……なせてしまっては、二度と取り戻すことなど出来ないというのに!」
信長の死を言葉にすることさえ動揺しながらも、吉兆は気持ちを奮い立たせようと努力していた。
「そこまで気付いたなら、もう言うことは無いのです。吉兆、未来はただ覗き見るだけではなく、そなたの小さな一歩からも紡ぎ出されるのですよ」
吉兆は瞳を潤ませていたが、もう泣いてはいなかった。
「はい……」
声を詰まらせかけて、今一度、言い直す。
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