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「はい、姉様。この不甲斐ない吉兆を見守っていて下さいね」
吉兆の両手は、未だ小さく震えていたが、健気に笑みを浮かべてその決意を表明した。
この日、信長は熱田方面へ出向いており、清須城へ戻って来たのは夕刻のことであった。
やきもきして信長の帰りを待つ自らの様子に既視感を抱きながら、吉兆は胸を高鳴らせていた。
頭では分かっていても、面と向かって信長に、婚儀の際のような冷酷な態度を取られたらと思うと、胸が締め付けられる。
その一方で、あの最悪の未来を変えられる、変える機会が与えられていると思えば、期待に胸が膨らむところもあるのだった。
それ自体が鼓動のように、吉兆は信長の帰城まで、落ち着かない時を過ごした。
そして、遂に夢に見てしまった場面を迎える。
「殿に至急、お伝えしたきことがあるのです。お通し下さい」
吉兆は緊張した面持ちで、信長の書院へと続く廊下に立ち塞がる見張り番に掛け合った。
「誰も通すなとの命にござります」
「私であっても、ですか……?」
全く同じ答えが返って来るなら、いよいよである。吉兆は僅かに首を竦めて返答に備えた。
「大戦の前でござります。奥方様であっても、ご容赦願います」
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