シルバーリング

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32年間慣れ親しんだ佐藤の表札の前に車を停めて クラクションを短く二度鳴らす。 未だに佐藤に甘んじている私 別に独りでも生きていける時代だし 気にしてはいない。 「だから、早く服着替えてって言ってるべさ!昌子がもう来とろーが」 車の中からでも聞こえる母の怒る声。 「俺の着て行く服、出しといてな」 薄いトイレの壁から漏れる父の声。 「昨日の夜にタンスの前に出しとろーが!いいからトイレ早く出てーな!」 毎日毎日、よく喧嘩のネタが尽きないものだ。 「もう、恥ずかしいな、近所に丸聞こえよ」 溜め息をつきながら煙草に火をつけていると 我が家の喧騒を聞いてか御隣の鈴木さんが 箒を持って玄関から顔を出した。 「あら、昌子ちゃん。おはようさん、今日も親御さん元気でいいわねぇ」 挨拶と苦笑いで返す私。 「そうそう、こないだは、ありがとね。 もう、すっかり元気になったわ。」 昨年、脳卒中で私の勤める病院に 運ばれて来た御隣のオバチャン。 やはり患者さんが完治し喜ぶ顔を見ると 医者をやってて良かったと思う。 忙しい毎日だが私の幸せの瞬間だ。 術後について話していると 我が家から けたたましい声と足音が聞こえてきた。 「ホント!この結婚指輪さえ外れたらアンタとなんか別れてやるのに!」 「外れないのは、お前が太ったのが原因だべ」 いつもの口喧嘩をしながら 2人は玄関から出てくる 「おはよ、2人とも早く乗ってよ。検査の時間に間に合わなくなるよ」 父は「頼む」とだけ言い後部座席に乗り込んだ。 「あら、奥さん、おはようございます、、、そうなのよー。昔は検査なんて必要なかったのにね、、、そう言えば聞きました?、、、」 井戸端会議を始めそうな母。 「母さん、本当に遅れちゃうから。鈴木さん、すいません。行ってきます」 車に乗り込んだ途端に下らない事で 喧嘩する両親を乗せて 車は通い慣れた私の職場に向かっていった。
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