プロローグ

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それは、突然の出来事であった。 「ーーーっ!」 誰の声だったのか、分かりもしない。つん裂くように室内に響いたその声は、悲鳴のようにも聞き取れ、はたまた怒号のようにも聞き取ることができた。目の前に立つ少年の顔からは、徐々に血の気が失われている。 少年の足には思うように力が入らないらしく、ふらりふらりと踊っているかのようにその小さな足音を響かせた。何故かその時、少年の発する音が異様に大きく鼓膜を捉え、離すことをやめない。血の気が引いた少年は今にも倒れそうになりながら、その真っ青な顔に笑みを浮かべて見せた。無理をしているということが痛いほど伝わって来る。 その少年の向こう側には血相を変えた大人の男性がスローモーションで少年へと向かっているのが分かる。 「ーーー君ッ!」 その男性は倒れそうになる少年の小さな体を抱きとめ、壊れるものを扱うようにその少年の顔を覗き込む。 わからない 何故このようなことになったのだろうか? 私は本当はこの男を殺したかったと言うのに、何故か、私が手に持っていたナイフは吸い込まれるように少年の腹部へとその凶刃を向かわせた。冷たい鉄の刃が幼い子供の腹部の肉を掻き分け、沈み込むように、この場が自分の鞘だと訴えるように潜り込む。暖かな、それでいて纏わり付くような鉄臭さが鼻腔いっぱいに広がり。肺を満たす。 持ち手を伝い、私の手に付着したその少年の体を駆け巡っていた液体。綺麗なお洋服にまで飛び散ってしまった。だが、その飛び散った血潮は、元からそこに存在していたかのように違和感なく彩られ、今まで来てきたお洋服の中で一番美しいものへと変貌していた。 両手から滴り落ちる彼の血液。それが、異様に勿体のないものに感じてしまい、如何にか地面に垂れないように考える。 「……そうだ」 私は呟きながら、その手で真っ赤に染まった両手に舌を這わせる。その両手に滴る真っ赤な物は今までに味わったことのない衝撃を私に与えた。 「……美味しい」
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