第21話 【嘘と誠と幸せと】

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インターホンの前に立ち、タッチパネルを見つめる。緊張感に顔を引き攣らせながら、ゆっくりと彼の部屋番号を押した。 離れた場所から車のクラクションと街の騒めきが聞こえる。 辺りを包むのは、夜10時を回った閑静な住宅街に流れる静けさ。 額に薄っすらと滲む汗をハンカチで拭い、体から突き破って来そうなくらいに鼓動を打つ心臓を鎮めようと、胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。 乾いた喉に唾液を落とした瞬間、インターホンからプツッと微かな音が聞こえて来た。 『……麻弥』 流れ出て来たのは、驚きを抑え込んでいる様な彼の低い声。 ドクッと鼓動が跳ね上がった。 「……ごめんなさい。こんな時間に突然来たりして」 乱れ狂う緊張で声が上擦る。携帯を押し込んだショルダーバッグを両手で握り、彼からは見えている顔に強張った笑みを貼り付けた。 『……どうした?何かあったのか?』 彼の声を聞いて更に緊張感が増す。 先生は今、どんな顔をして私を見ているの?……表情が見えないのが怖い。 「先生とどうしても話がしたくて……さっきね、電話をしたの。だけど留守電になっちゃって……メッセージ入れようとも思ったんだけど、上手く伝えられない気がして何も言えなくて。それで、居ても立っても居られなくなっちゃって……」 不安と焦りでしどろもどろになる言葉。 『今、開ける』 「えっ……」 『話したいことがあるんだろ?』 「……うん。でも、いいの?」 思わず遠慮がちになって、控えめな声を漏らす。 『麻弥がそこで立ち話したいなら付き合うけど。住人に丸聞こえだぞ』 「えっ、それは困る!……あの、お邪魔させて頂きます」 しおらしく言って、頭をぺこりと下げた。 『……ああ、思い出した。懐かしいな』 「へっ?……」――懐かしい?って、思い出したって何を? 『……いや、何でも無い。開けたから上がってこい』 柔らかな声が流れ、大きな扉に付けられたセンサーがロック解除を知らせる緑色に点滅した。
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