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「今夜、麻弥はあんたのもとには帰らない。麻弥が忘れたパンは、明日の朝あんたが代わりにかじってくれよ。じゃ、またな。深津さん――」
深い沈黙を破った彼は落ち着いた声で言って、深津さんの最後の言葉を待たずに電話を切った。
電話を手に握る彼は、顔を上げて私を見る。
先生……
静かに重なる視線。
「先生……やっぱり深津さんだったのかな……もしそうだったとしたら、私……」
私達の仲を引き裂こうとした深津さんを、本気で好きになりたいと願ってしまった。
彼とキスをして、彼の指が、舌が私の体に触れて……
「だから、早くこんな旧式の携帯は替えろと言ったんだ」
涙ぐむ私を不機嫌そうに見つめ、先生がぽつんと低い声を落とした。
「……へ?」
「捨てろ。俺をロックした携帯なんぞに用は無いっ!」
脈絡のない話にキョトンとする私。
用は無いと言われましても。私にとっては長年連れ添った可愛い携……っ!?
「あああああ―――っ!!」
リビングに向かってアーチを描いて飛んで行くのは、私のガラケー。ソファーに叩きつけられたそれはワンバウンドし、『ゴトッ』と音を立てて床に転がり落ちた。
「ちょっと何考えてんの!?床に傷が付いちゃうじゃない!じゃなくって、私の大切な携帯がっ!携帯を投げるなんて信じらんない!」
驚きと怒りで滲んだ涙もたちまち消え失せる。仰天の声を上げ血相を変える私。
「目の前で見たんだ。信じられるだろ」
「そう言う事を言ってるんじゃないのっ!」
「俺が明日にでも認証機能の付いたスマホに替えてやる。それより、俺に話があるんだろ?もう邪魔は入らない。……麻弥、今まで待たせてすまなかった。今度は、二人だけでちゃんと話をしよう」
携帯を取りに行こうと走り出した私の腕を掴み、彼はそう言って真剣な眼差しを向けた。
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