第21話 【嘘と誠と幸せと】

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「雪菜さんを殺そうとした!?」 驚愕のあまり口から飛び出した声。 自分が放った声の大きさに気づき、ハッとして唇を閉じる。 「……そ、それで?雪菜さんはどうなったの?」 「どうなったって…その頃より痩せ細った姿ではあるが、知っての通り機械に繋がれたまま生きてる。体内の酸素飽和度が徐々に下がっていく雪菜の姿を見て、自分の手で殺す事なんて出来なかった……」 「先生……」 「ステーションでもモニター管理をしてるんだ。例え病室でアラーム音がしなくても、いずれは人が駆けつける。そんな事は考えるまでも無い事なのに、その瞬間は本気で殺せると思った。それほどまでに、当時の俺は気がふれていた。俺は、医者の白衣を着た殺人者だ」 私から視線を逸らした彼は自嘲的な笑みを浮かべて、伏せるようにその目をテーブルの上に落とした。 そんな……自分のことを殺人者だなんて…… 彼の声が痛々しく私の胸に突き刺さる。 胸が詰まって、彼に目を向けているのも苦しい。 「……だ、だけど。寸前で思い止まったんでしょ?やっぱり雪菜さんを殺める事なんて出来ないって。裏切られたとしても、やっぱり雪菜さんを愛していたんだって」 逸る気持ちで口を衝いたのは、慰みの言葉。 「思い止まったのは咲菜がいたからだ。雪菜はもう二度と咲菜を抱いてやることが出来ない。俺を失ったら、咲菜は本当に一人ぼっちになってしまう。 憎しみに駆られ殺そうとした時点で、俺にはもう雪菜への愛情は消え失せていたんだ。それを自覚したとき、俺の心は更に深い闇に堕ちて行った」 「……」 「その闇から救い出してくれたのが麻弥、おまえだった……」 彼は辛そうに目を細め、涙を浮かべる私を見る。 「本当は咲菜のためじゃない。ただのエゴだと分かっていても、人間らしい感情を取り戻すために手に入れたかった。俺が麻弥に救われたかったんだ。 ……俺は、本気でおまえを愛してしまった。雪菜じゃ無く、おまえだけを……」 彼の瞳が微かに揺れる。 私は貫く様な視線に囚われたまま、唇を引き結んだ。
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