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雪菜さんを最期まで見守る、夫としての責任。
それを果たすことが『償い』であり、彼にとっての『けじめ』―――。
真剣な眼差しを向ける彼を見つめ返し、私は目を細め唇を結ぶ。
「……麻弥が雪菜の事を知った、あの雨の夜。俺は、泣きながら去って行くおまえの背中をただ見つめる事しか出来なかった」
彼は口を閉ざす私の肩に視線を逸らし、過ぎた遠い日を偲ぶように静かな声を落とした。
香川さんに連れられて、雪菜さんの存在を知ったあの夜。
彼に騙され続けていた事に愕然とし、絶望の淵へ突き落されたあの夜。
今思い出しても、あの日の底知れぬ悲しみが昨日の事のように蘇る。
――今度は、私に何を言うつもりなの?
一瞬にして、あの夜の絶望感が蘇る。
「……」
彼の言葉を聞くのが怖くて、だけど何も言えなくて、
ただ彼の言葉を待つ事しか出来ない私。
あの冷たい夜と同じだ……
二人の間には、氷が張るような静寂が流れている。
「俺には、おまえを引き留める資格など無いと思ったからだ。……俺は、あの夜に麻弥に対する責任を放棄した。自分のエゴで麻弥を巻き込んだのに、土壇場になっておまえを放り出した。
今度こそ途中で放り出さない。引き留める。麻弥に対して、俺なりのけじめをつける」
私を捕らえているのは、覚悟を纏った彼の瞳。
「私に対しての、先生なりのけじめ?……」
私はその彼を見つめて、ゴクリと息を飲む。
「麻弥を失って痛いくらいに思い知らされた。俺はもう、おまえ無しで生きては行けない」
「先生……」
「俺のところに帰って来てほしい。…そして、雪菜への責任を果たす俺の側に居て欲しい」
「……へ?」
雪菜さんへの責任を果たす俺の側に居て欲しい?
それって……
「私も、あなたと一緒に雪菜さんを看取れと言うの!?」
真っ直ぐな目をして放たれた彼の言葉に驚いて、その大胆さに目を丸くする。
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