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「あ、や――だからその……!
おすそ分けというか、折角だしウチの方で晩御飯食べていかないか!
お、親父とかオフクロもマルタちゃんのこと気に入ってるし!
あ、ああもちろん俺も――じゃなくて……その、オフクロがいつもマルタちゃんのおかげで仕事楽させてもらってるからって、そのお礼がしたいってうるさくって!
ああでも俺も来てもらえたら嬉しいと言うか!!」
次々と言葉をまくし立てるテューダル。
そしてふと、マルタはこのテューダルの母親が先ほど果樹園で“あの話”を切り出して来た人物であることを思い出した。
「すいませんが、ご遠慮します」
もっとも、たとえその話がなくてもマルタは断る。
「シカ肉って熟成させた方が美味しいって人もいるけど俺はやっぱり新鮮な方が―――……え?」
「あの人の晩御飯を作らないといけないので。それでは失礼します」
丁寧に頭を下げてその場から歩き去ろうとするマルタ。
「え……あ……」
テューダルはそんなマルタにそれ以上声を掛けられず、ただただ茫然と見送った。
そしてマルタの姿が見えなくなってから、テューダルは拳を握りしめて毒づいた。
「あんないい子が……なんで、あんな役立たずのために……!」
◆
この村の名前は“コーテス”。
一応はアルギム領内の村ではあるのだが、端っこの端っこ。所謂辺境である。
標高の高い場所にあるだけでなく、周囲を山に囲まれているため変異種の脅威も無く、王都との交流も少ない。
今のアルギム内に置いては珍しい平和な村なのだ。
トールキンとの国境も近いのだが、そこへ行くには高い山脈を抜けていかなければならない。
そんなところを通るのなら、南下して魔導列車の線路沿いにある道を使う方が堅実といえる。
そんな村のさらに外れ。今は使われなくなった小さな山小屋をマルタは間借りしていたのだ。
「……これでよし」
買って来たトウモロコシでスープを作り、固くてパサパサした保存性の高いパンを用意しておく。
それらを闇属性魔法で作った薄い布上の物体で包み、椅子に座って新聞をテーブルに広げる。
基本的に外界との繋がりが薄いコーテスだが、定期的に新聞が配られている。
外界の情報は、これで知ることができるのだ。
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