第1話・餓鬼編その2

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 その日はいつものように、小汚い布に包まって、三人川の字で眠った。紅音は隣で寝ているヒロの顔を見て、小さく舌打ちした。 (ずるいわよ。ヒロちゃん。寝顔可愛すぎだって)  ヒロは少女のように愛くるしい寝顔で、時折寝返りを打つのだ。その際、紅音の方に顔を向けることがある。その時の彼の、月明かりに照らし出された顔が、とても綺麗で、紅音をドギマギさせていた。  思えば、不謹慎な話になるが、この生活も悪く無いのかも知れない。紅音は心の内でそう呟くと、かつて自分の住んでいた世界のことを思い出した。カレンダーの存在しないこの世界では、今日の日付なんてどうでも良いが、きっと本来は夏休みの真っ最中なのだ。でも、彼女の夏休みは決して楽しい思い出など無かった。 (はあ・・・・)  小さい頃から紅音は、教育熱心な両親の元、英才教育を施されていた。ピアノだとかヴァイオリンだとか、一般の女の子だったら喜ぶような習い事の数々も、彼女にとっては苦痛だった。ピアノは好きだが、強制させられることに納得が行かなかった。そして受験である。遊びを知らない大人はロクな大人にならないと、竜は言っていた。確かにその通りかも知れない。 「ふふ・・・・」  思わず声が出てしまう。もし、世界が平穏なままだったら、今頃は受験で大騒ぎだっただろう。夏休みは夏期講習で、エアコン臭い部屋に缶詰で、家に帰れば、今度は習ったことの復習だ。  紅音はイケないことと思いつつも、両親がカビの襲来で亡くなったことに、後悔は無かった。きっと、こんなことを考えているのは自分だけだ。紅音は確信を持って言える。隣で寝ている少年は、両親を失って悲しかっただろう。さぞ無念だっただろう。だが、自分は違った。元々、死んだも同然と考えて生きて来た自分にとっては、今のこの環境こそ、生きている心地を与えてくれるのだ。 「ん・・・・」  紅音の耳元にガサガサっという音が聞こえた。まさかと思い。彼女は慌てて起き上がった。
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