0人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は何の言葉も返せず、席を立った。
気まずい雰囲気のまま俺たちは店の外に出た。これ以上、彼女といたら俺は何を言い出すかわからない。早く、彼女から離れなきゃ。
『結弦。最後にわがまま聞いてくれるかな…』
彼女はうつむいた顔をあげて俺をみつめた。俺は、視線を外すことが出来無かった。
『サヨナラのキスして。』
俺の心臓は高鳴った。今、彼女に触れて、俺は離れることが出来るのだろうか。そんなの無理に決まっている。でも、彼女のために、離れなきゃ。そうするためには、俺も彼女との区切りをつけなきゃいけない。
俺は絵美を抱きしめた。強く…思いっきり強く抱きしめた。絵美も俺の背中に手を回し強く俺を抱きしめてくれた。離したくなんか無い。離したくはないけど…。
俺は絵美を抱きしめていた腕を離し、これっきりだぞと自分に言い聞かせ、そっと、キスをした。絵美の唇はいつもと同じで柔らかくいい匂いがする。
『ごめんな、絵美。』
それしか彼女に言える言葉が見つからなかった。
『ありがとう、結弦。』
彼女の笑顔は、俺の心を痛くする。
『気を付けて帰るんだぞ。』
俺は極力冷静な態度で絵美の背中を軽く押した。
絵美は何度も何度も振り向きながら、離れていった。
絵美が見えなくなっても、俺は彼女が歩いていった方角を見つめていた。
俺、マジで絵美が好きだったんだと胸の痛みが教えてくれた。
『幸せになれよ』
姿が見えなくなった絵美に、俺は話しかけていた。
後日、所長に報告書を提出した。所長は、無言で書類に目を通した後、
『お疲れ様』
俺の肩をポンと叩いて受け取ってくれた。
最初のコメントを投稿しよう!