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今、お前、俺に。
「キスをした、よな??」
俺が夏の色香に酔って目を閉じた、ほんの一瞬に。
静かな熱を持て余しながら、男はこくんと頷いた。
信じられないことに、俺はそれに嫌悪感は全くない。
それどころか、むしろちょっと、いやかなり。
なんて思ったり。
伸ばした指先で触れた彼の頬は、俺と違いひやりと冷たい。
蝉の声が鳴り響く、しかし全く静かな、蜜のような空間。
まったく、『魔が差した』というのはこのことだ。
俺は自分の右頬に触れる彼の手を引き、彼の後ろ首を支えて手繰り寄せた。
もう一度。
今度は、自分から。
名前もクラスも知らない、友人と呼べるのかも定かでない男に。
俺は柔らかく、そっと、確かめるように、唇を重ねた。
ああ。
ザワザワする。
あまりにも酷く大きくざわめくので、それは波音のようにも聞こえる。
押しては引かれ、また押される。
そのうち足を取られ、ずぶすぶと吸い込まれる。
そんな感覚に落ち、胸が震えた。
女とは違う、少し乾いた唇。
それが、こんなにも心地良いなんて。
ザワザワ。
ザワザワと。
絶え間なく、耳の奥で葉は擦れる。
風は吹いていないのに、ザワザワ、ザワザワ。
それでも不思議なことに、キスしている間はあんなに煩かった蝉の声は聞こえなかった。
ゆっくりと、顔を離す。
お互い、自分が自分で何をしているのかよくわからないといった雰囲気。
俺は男で、こいつもまた男だ。
俺はまだ淡白だとしても、こいつにいたっては、典型的な女好きだと言うのに。
俺たちは一体、何をしているのか。
じっとりとした湿気が、今日の空をますます青くする。
風は、吹かないまま。
また、遠くの方で、チャイムが鳴った。
それでも、俺も男も見つめ合ったまま動かなかった。
いや、動けなかった。
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