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「じゃあ、はい、アーン。」
男は自分の弁当から卵焼きを一つ、箸ではさみ、俺の口へと導いてきた。
顔をしかめ、男の顔と黄色いふわふわを交互に見比べる。
なんだ、なんだ??
なにが悲しくて、野郎からこんな恋人まがいなことされるんだよ。
眉を寄せたまま黙っていると、男はさぁ食べろと言わんばかりに卵焼きを口に押し付けてくる。
俺はいらっとして、その男の手首を握った。
ここで握られると思っていなかったのか、男はびっくりして元々デカイ目をさらに大きく見開いた。
彼の様子に、俺はなんだか気を良くした。
びびってやがる。
もう少し、からかってやるか。
そう思い、目を伏せる。
掴んだ手首は、思ったより細い。
それをぐいっと引っ張り、手繰り寄せ、その手が持つ棒に挟まれた卵焼きを自分の口に近づけさせる。
細ぇ。
よく折れねぇな、これ。
ふと目を上げると。
木漏れ日の光に当たり、明るくなった茶色の瞳が俺を映していた。
そこに自分しか反射していないことに、何故か高揚感が沸き上がってきて。
挑発するように。
一口で、それを呑み込んだ。
パッと手を離し、また正面を向いてそのままむしゃむしゃと咀嚼する。
お、塩味だ。
甘ったるい砂糖の卵焼きは苦手だが、これなら食えるな。
つか、うめぇ。
卵焼きの以外な美味さに、少し感嘆しながら、また手に持っていた焼きそばパンを頬張った。
んー、確かにさっきの卵焼き食ったら、この焼きそばパンも味気なく感じるな。
ふと、横が静かなことに気がついた。
顔を向けると、男は俺が手を離したそのままの状態で固まっている。
「……おい、どうした。」
声をかけると、やっと我に返ったようで慌てて手を引っ込めた。
「……び、びびったー。
きみ、いきなり男の顔するんだもん。
つい呑み込まれちゃったよ、さすがの俺でも。」
たははと笑いながら男は弁当へ箸を進めた。
風はそよそよと吹いているはずなのに、その彼の様子を見ているとなんだかじりじりと体の底の方が焦げる感覚に陥る。
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