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ウェルナーが過去の記憶を思い出している間に騎士達と少年少女は塔の中へと入ったようだ。トラウマを呼び起こすあの金属音も次第に聞こえなくなっていく。それにほっと安堵したウェルナーは、心を落ち着けるためにローブの内ポケットにしまってある一冊の魔法書を取り出しいつものように月明かりを頼りに読み始めた。あの黒い本とは違う、地下の図書館にある魔法書の一冊である。
今日はどんな冒険へ連れて行ってくれるだろうか。
過去の思い出を振り払い本のページをめくる。
それがウェルナーの日課だった。
わざわざ月明かりなど使わなくても自室で読めればいいのだが、どういうわけか自分の部屋の蝋燭は不足しがちだった。
そのため夜になると、こうやって月明かりの差し込む塔の外壁に光源を求めてくるのだ。
どれくらい時間がたっただろう。
ふとまた金属同士が当たるあの音を感じてウェルナーは本を読む手を休めた。その音がやんだかと思うと、誰かと話す声がしてまた音が鳴り始める。それが段々と近づいてくるのだ。
不安に感じたウェルナーは書物を閉じてそれをローブの内ポケットにしまうとすぐにこの場を離れようとした。しかしウェルナーが行動に移すよりも先に、相手がこちらに気がついてしまった。
「そこに誰かいるのか。」
よく通る低い声だった。さすがに無視をするわけにもいかず、外壁から腰を上げると塔の中へと入り声の主を見る。
思っていた通り声の主は聖騎士だった。かなり若い。ウェルナーよりも少し上くらいだろうか。赤味がかった髪を短く刈り上げ、温和そうな茶色の目をしている。体つきもしっかりしていて、重そうな鎧を着ていても全く平気なようだった。
ふと自分がフードを被ったままだったことにウェルナーは気がついた。そのままでは失礼だと考え両手で黒色のフードをあげると、ミルド大陸では珍しい漆黒の髪が露になる。
「何かお困りですか、聖騎士殿。」
ウェルナーがしゃべりかけると騎士は嬉しそうに相好を崩した。その笑顔にどきりとする。青年の纏っている雰囲気のせいだろうか。ローブの中で震えていた手が止まり、他の魔法使いと同じように話をすることができた。
「俺達の宿泊先がどこにあるのか教えてもらえないだろうか。塔に来るのが初めてで、情けないことに道に迷ってしまったんだ。ここに来るまでにあった魔法使いは、他の奴に聞けと相手をしてくれなくてな。」
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