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「帰ろうか」
「義父さんも疲れただろうし、帰りましょう」
両親の言葉に少女は頷いた。ベッドに数枚の花びらを乗せて、眠るように目を閉じた祖父に頭を下げる。
「おじいちゃん、またね」
お見舞いに来てくれた彼らに、心の中で感謝を捧げる老人は、頬を伝う雫を感じる。
彼の瞼には、遠いあの日――妻へと想いを告げた記憶が蘇る。
桜の中で、交わした約束はもう思い出せない。ただひたすら、美しい景色を二人で並び、眺めていたことを覚えている。
幸せだった。
とても、幸せだった。
桜がとても愛しかった。何度でも、二人で見に行きたかった。いつまでも、見ていたかった。どこまでも並んで生きたかった。
祖父は、静かに眠りにつく。たった数枚の花びらが懐かしくて、桜に包まれた感覚を覚えながら、深い眠りへと落ちた。
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