第二章 戦火の香

2/6
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
 ウェルナーに話しかけたとき、最初彼が震えているのがわかった。また失敗してしまったかと心配したが、あの魔法使いだけは親切に道案内をしてくれた。  聖騎士なのにもかかわらず、あの時を境に俺はあいつに興味を持った。  中肉中背。見た目は15歳ほどだが実年齢は23歳だという。その容姿は精霊との契約の代償だと、アレックスはすぐにピンときた。  教会から聞かされていた話とは違う。魔法使いの姿。  今まですがっていた信仰が、揺らいでいく。  ウェルナーが課外授業をしている間。”塔の庭”でアレックスはぼんやりと空を見上げていた。  ”学びの塔”を取り巻くケロベロスの森は、”大地の幹”が怒りを静めたことで落ち着きを取り戻しているように見えた。その穏やかな状況とは裏腹に、門番をしている聖騎士は風が木々を揺らす度に腰の剣に手を伸ばすほどに緊張している。  まるで戦争をしかけられている国の兵士のようだ。このまま緊張状態が続けば、聖騎士の方がもたないかもしれない。この状況を打開するには、一刻も早く犯人を見つける必要があった。  盗まれたフラウの幼木については、シャーク教授が怪しいという情報を見習い3人から手に入れた。しかし捜査の進展を聖魔協定が邪魔している。部屋を調べるには教皇の許可が必要だった。申請の為に伝書鳩を送りはしたものの、許可が通るのに数ヶ月はかかるだろう。  目撃証言以外全く証拠を残さない犯人の手口には正直舌を巻く思いだが、ここまで綿密に計画を立てられるならば内部犯の可能性が高い。おそらくシャーク教授で当たりだろう。他の教授たちにも部下を何人か監視につかせていたが、目だった動きは無いと報告を受けている。解決が長引けば長引くほど、犯人が逃げる隙を与えてしまうことにもなる。それだけが気がかりだ。せめてあの湖に犯人の痕跡が何か残ってれば、すぐにでも令状を取ることもできたのだが。  湖のことから昨日の夜のことを思い出してしまい、アレックスは深いため息をついた。  柔らかな少年の唇。黒いローブから香る甘い薬草の匂い。その全てが鮮明によみがえって来る。  勢いでウェルナーにキスをしてしまったが、ウェルナーはどう思っているのだろうか。そして自分自身はあの魔法使いと、どれほど深く仲良くなりたいのだろうか。  あの小さな魔法使いと一緒にいると心が温かくなる。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!