第二章 戦火の香

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 グレイグ男爵とレナード男爵の仲がこじれている事は知っていたが、宗教戦争の傷跡を知りながらまた戦争をしかけるとは。人という生き物は何と愚かな生き物なのだろう。  「明朝、我々リベラル騎士団は”学びの塔”にいる全生徒を教皇領へと護送する。対魔派のグレイグ男爵のことだ。恐らくこの森も戦火に巻き込まれるだろう。おまえはどうする?教皇がおまえに出した最後の任務はまだ解かれていない。非常時ということでわしと共に帰ってもいいが、同じ第9階位の聖騎士だ。命令はできない。」  にやりと笑みを浮かべ立ち上がる。  塔に残るか、立ち去るか。  このような状況になってもウェルナーの”学びの塔”への拘束が解除されない事実に、苛立ちを感じた。  戦争が起こる。戦争がまた起こってしまう。  家族を、兄弟を奪った戦争が。  その戦火の中、塔の中にウェルナーは一人で取り残される。そんなこと、絶対に許せるはずが無い。  「親父、教皇は黒の魔法使いを何故恐れるんだ。他の魔法使いを教皇領に保護する度量があるなら、わざわざウェルナーを監禁する必要も無いだろう。」  「保護では無い。枷だ。だから彼を監禁できている。」  義父の妙な言い回しにアレックスは首をひねった。  「生徒は黒の魔法使いを大人しくさせるための人質だよ。そうで無ければ英雄詩にでてくるような魔法を使う人間を抑えておけるか。まあ、わからんのも無理は無い。彼は一見無害に見える。魔に魅入られることの無い、強い心を持っているから。恐らく彼も宗教戦争の被害者なのだ。・・・ところで、忌まわしくも愚かな戦いが行われた理由を、おまえは知っているか。」  「神学校で教えられた話は、魔法使いの力の台頭により教会では無く、彼らを信仰することを、時の教皇が恐れたためだったはずだ。」  「そうだ。しかし、それは理由の一つに過ぎないとわしは睨んでいる。わしとヘヴィングがその真相を暴こうとしたが、エドワードIV世には逃げられてしまった。まだ戦いは終わっていない。魔法使いを支持するつもりならおまえも覚悟をしておけ。」  義父の目には底知れぬ怒りが浮かんでいた。もしかしたら、塔の主であるヘヴィングと義父の間には何かがあったのかも知れない。  ”学びの塔”を去っていく背中はまだ大きく、同じ階級になったとは行ってもまだまだ追い抜けそうになかった。
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