20607人が本棚に入れています
本棚に追加
「あら、おじさまが樹利さんみたいなことを言って逃げるなんて」
残念そうに肩をすくめる桜に、パリスは弱り切ったように額に手を当て、
背後で話を聞いている側近たちは笑いを堪えていた。
まっすぐに見詰める桜の黒々とした瞳を前に、パリスは観念したように息をつく。
「……菜摘と出会う前にした恋はね、長くは続かなかったんだ」
「どうして?」
「その子は香港の子でね。
僕はその子に、自分が黄家の人間……黄華龍だってことを黙っていたんだ。菅野パリスとしての自分しか見せなかった。色眼鏡で見られたくなくてね。でもすぐバレちゃって」
「そ、それで?」
「彼女が目に見えて変わってしまったんだ」
「どうして変わってしまうの? だって、黄華龍でも菅野パリスでも、おじさまはおじさまなのに」
「……そうだよね、僕もそう思う。
ううん、違うな。そう思えなかったから、僕も隠していたんだ。
家がどうであれ、僕は僕なんだけど、そう見ない人が多すぎて、当時の僕は頑なになってしまっていてね」
力なく笑うパリスに、桜は言葉を詰まらせた。
最初のコメントを投稿しよう!