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この関西弁は、本当に目の前の美少年の口から出たものなのだろうか。信じられない気持ちで内海くんを見つめていると、彼はふらつきながらキッチンに足を踏み入れた。
「ブライト社の四口コンロ『グレイシア』が……どうやったらこない煤だらけになるんや……」
「グ、グレイシア……?」
微かに聞こえてきた声に、混乱したまま聞き返す。すると内海くんは、我に返ったように肩を揺らしてこちらを振り返った。その顔は少々青ざめてはいるものの、何事もなかったかのように笑みを浮かべていた。
「い、いえ……それじゃあ今から綺麗にしますんで、さやか先輩は外に……」
「う、うん……」
やんわりとキッチンを追い出されてしまい、釈然としないままリビングのソファに腰掛けた。大きく息を吐いて、柔らかいソファに体を沈める。
ブライト社の四口コンロ『グレイシア』。私は聞いたこともないけれど、世間では有名なのだろうか。それとも、ひょっとして内海くんは家電オタクなのだろうか。
首を傾げつつ、ちらりとキッチンに目を向ける。内海くんはいつの間に付けたのか、マスクとゴム手袋を装着し、驚くほど手際よくキッチンを片付けていた。
私はその動きに目が釘付けになり、追い出されたことも忘れて吸い寄せられるようにキッチンへ向かった。
「うわあ、早い! さすがプロだ……!」
対面カウンターから身を乗り出して言うと、内海くんはよほど集中していたのか、私の声にびくりと身体を震わせた。それから、恐る恐るといった風に私を振り返る。
「そこにあった黒い跡って、ずっと取れなかったから傷なのかと思ってたけど、汚れだったんだね。まだ掃除始めてすぐなのに、もうこんなに取れてて凄い!」
つい興奮して、勢い込んで話してしまう。
内海くんは怒ったような、それでいて困ったようにも見える顔をして私に背を向けた。
「まあ……それは仕事やから……」
内海くんの背中を見つめながら、内心首を傾げる。聞き間違いではなく、またしても話す言葉が関西弁になっていた。
内海くんは関西の出身なのだろうか。でも、それならどうして普段は標準語で話しているのだろう……。
気になるけれど、さっきの内海くんの様子からして、あまり聞いてほしくなさそうにも見えたので、その問いは心の中に仕舞っておくことにした。
「――よし。キッチンの片付けはこれくらいでいいですかね?」
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