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キッチンの片付けを始めてから二十分ほど経った頃、満足そうな笑みを浮かべて内海くんがこちらを振り返った。
「お疲れ様! すごいね、換気扇までピカピカだ!」
「べ、別に、そんな褒めるほどのものでもないですけど……」
内海くんはそっぽを向いて、少し照れくさそうに首に手を当てる。
キッチンはまるで大掃除をした後のように、どこもかしこも綺麗になっていた。これは家事代行サービスでやってもらえる掃除の域を軽く超えていると思う。
こんなに綺麗にしてもらったのだし、何かお礼がしたいな……。
「そうだ、内海くん。お礼にクッキーでも食べない?」
「クッキー?」
「うん。人にあげるから、味見してほしいっていうのもあるんだけど……」
きょとんとした顔で振り向かれ、少し頬を熱くして笑った。内海くんはそんな私を見て、一瞬考えるように視線を彷徨わせたが、すぐに小さく頷いてみせた。
「……いいですよ」
「本当に!? これなんだけど……」
いそいそと鞄の中からクッキーの入った紙袋を取り出す。そして棚からお皿を一枚取ると、袋を傾けて中身を出した。クッキーがお皿にぶつかる硬い音がキッチンに響く。
「どうぞ」
「……これは、何ですか?」
皿に載った不恰好な茶色い塊を指さして内海くんが聞く。
「クッキーだけど……?」
「ありえへん……料理の神への冒涜や……」
内海くんは僅かにたじろぐと、震える声で呟いた。
「あ、あの、内海くん……?」
「一条金色卵」
「え?」
「使うてたやろ!? 一条金色卵!」
きっと目を吊り上げてこちらを見た内海くんに、私は思わず後退った。
そう言えば、内海くんと今朝初めて会ったとき、そんなことを言っていたような。ぼんやりと覚えている記憶をたどっていると、内海くんはくっと悔しそうな声を上げてシンクに両手をついた。
「あの高級卵をこんな姿に変えてしまうやなんて……むごい……むごすぎる……」
「えーっと、内海くん……?」
すっかり萎んでしまったその背中に、恐る恐る声をかける。
内海くんはこちらを振り返るや否や、クッキーを手にこちらに詰め寄ってきた。背の高い彼に真上から見下ろされると、威圧感から無意識に首が竦んだ。
「クッキー言うたら、普通サクサクした食感がうりやろ?」
「へ……う、うん?」
「それが、何ですかこれは。石か? こんなん食うたら、歯ぁかち割れますよ」
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