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そう言いながら内海くんはクッキーをシンクに叩きつけてみせる。なかなかの力で叩きつけているようだが、クッキーは不恰好な形のままひび割れることすらない。
「ええですか、今度こない無駄遣いしたら――」
内海くんが何か言いかけたところで、突然鈍い音がリビングに響いた。同時に、目の前から内海くんの姿が消える。
その代わりに私の目の前に立っていたのは、いつの間にか家に帰ってきていたらしいひかるだった。
「大丈夫? お姉ちゃん」
ひかるは昨晩私が使おうとして使えなかった消化器を手に立っている。
はっとして自分の足元に目を遣ると、内海くんは頭を抱えたまま声もなく蹲っていた。その姿に全身の血の気がひいていくのを感じた。どうやらひかるは、消火器で内海くんの頭を殴ってしまったみたいだ。
「どうしよう、冷やさなきゃ! 水!?」
半ばパニックに陥りながら手にしたのは、これまた昨晩ひかるが火を消すのに使った鍋で、私はそれに水を入れると内海くんの頭目掛けて勢いよく被せた。
そこでようやく我に返る。
「ごめん、内海くん! 水浸しにしちゃった……!」
「……内海?」
鍋を落として口を押さえた私を、ひかるが怪訝そうに見た。内海くんは小さく呻きながらこちらを見上げてくる。
「お前ら姉妹……いつか、殺、す……」
「わああ、内海くん! 死んじゃだめー!」
不穏な言葉と共に水たまりに倒れ込んだ内海くんを、私は悲鳴を上げて揺さぶった。
それから一時間後、私は内海くんの横たわるソファの前に正座して頭を下げていた。
「あの、内海くん。本当にすみませんでした……」
私のお父さんのジャージに身を包み、保冷剤を頭に当てた内海くんは、私の言葉に無言でそっぽを向く。すると、ダイニングテーブルに腰掛けていたひかるが、カップラーメンを啜りながらこちらを振り返った。
「まあまあ、そんなに怒らないで。お姉ちゃんだって悪気があった訳じゃないんだから、許してあげなよ」
「おい、何でお前は他人事なんや。どっちかて言うたら、お前の方が酷かったやろ」
「だって不審者かと思ったんだもん。仕方ないじゃん」
悪びれないひかるの様子に内海くんは一度口を開くが、諦めたように何も言わず口を閉ざした。
「ねえ、でも何であんたこんなバイトしてんの? その関西弁も何なの?」
ひかるは完全に面白がっている口調で尋ねる。
「……お前には関係ない」
内海くんはうるさそうに顔を顰めた。
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