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「う、内海くん!? どうしたの、大丈夫!?」
しゃがみ込み嘔吐く後ろ姿に慌てて駆け寄る。
すると内海くんは真っ青な顔でこちらを向き、よろめきながら立ち上がった。
「大丈夫? やないわ、ぼけ。どんだけ塩入れてますねん。塩分過多で殺す気ですか」
「えっ、塩?」
甘くなるようにと砂糖はたくさん入れたけれど、塩は入れた覚えがない。
首を傾げつつ調理台を振り返る。そこには砂糖の袋と並んで、塩の入った袋が置いてあった。
「……まさか、塩と砂糖間違えたとか言うんやないですよね……?」
振り向くと、内海くんはいっそ恐いくらいに爽やかな笑顔を浮かべていた。
「え、えへっ……」
ゆっくりとこちらに詰め寄ってくる彼に、なんとか笑顔を返す。
中性的な整った顔立ちに、そこらの女子より遥かにキメの細かい肌。いつもなら綺麗だと思うその顔が、今は般若か何かに見える。
内海くんは私を壁際まで追いつめると、私の顔に手を伸ばした。
「ええですか、次食材無駄にしたら、今度は先輩のこと焼いて食うたりますからね」
「ふぁい……」
片手で頬を摘まれたまま返事をすると、なんとも間抜けな声が出た。
顔に似合わない、コテコテの関西弁を話すこの男子、内海悠は、ここ明林高校に入学してからというもの、日々その見目の美しさから校内の女子の注目を集めている。そんな彼がどうして毎日こんな冴えない部活にいそしんでいるのか。
話は遡ること一月前。それはまだ、桜の花が盛りを見せていた頃のことだった。
「お姉ちゃーん、まだ出来ないのー?」
「ごっ、ごめんね。もうちょっと、もうちょっとだけ待ってて」
広々としたリビングから聞こえた気怠げな声に、野菜を切っていた手を止めて答えた。
対面キッチンの向こう側では、本革のコーナーソファーに寝そべりテレビを見ている妹、ひかるの姿がある。
「もうちょっとって……お姉ちゃん、一時間前もそう言ってたじゃん。パスタとサラダ作るのに何時間かかるわけ?」
「ごめん……」
謝りながら、不甲斐なさで肩が落ちた。
目の前にある大理石で出来たキッチンカウンターには、くし切りにしようとして無残に潰れたトマトや、ゆで卵を作ろうとして割ってみるとまだ生卵だった卵など、数多の食材の残骸が散らかっていた。
「サラダはもういいからさ、取り敢えずパスタ作ってよ」
「うん、分かった。急ぐね」
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