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眠そうなひかるの声に焦りを覚えつつ、包丁を置き、棚の中から鍋を探す。そして取り出したのは、料理番組でもよくパスタを茹でるのに使われている、大きな深い鍋。
しかし、それを見たひかるはソファから起き上がって顔を顰めた。
「げっ、今からそれでお湯沸かすの? もうお腹空いたから、もうちょっと浅い鍋使いなよ。そしたらさっさと茹でられるしさ」
「あっ、そっか」
ひかるの言葉になるほどと頷く。
一つ歳下の妹のひかると私は、同じ血を分けた姉妹とは思えないほど似ていない。
ひかるはモデルみたいに手足が長くて、細くて、街を歩けば誰もが振り返るような美人だ。対して私は、子どもっぽい平凡な顔立ちで、初めて会った人に『どこかで見たことがある気がする』と言われることもよくある。
容姿だけではなく、頭脳も、運動も、ひかるは同世代の女の子たちより飛び抜けているけれど、私は並かそれ以下だ。どれを取っても私がひかるに勝る点なんてなくて……それを、コンプレックスに思わないと言えば嘘になるかもしれない。
けれど、それでも私はひかるのことが大好きだ。
両親が共働きでほとんど家に居らず、昔からこうしてほぼ二人暮らしのような生活を送っていたため、私にとって妹は一番身近で大切な家族なのだ。
「あ、いい鍋あったよ」
棚の中から新しく鍋を取り出し、リビングに向かって声をかける。
「んー」
ひかるは既にテレビに集中しており、こちらを見ずに相槌を打った。
真剣にテレビを見つめるその整った横顔は、こうして見るとまだ少しあどけなく、どこか微笑ましい気持ちになる。
早くおいしいパスタを作ってあげよう。
気を取り直して鍋に水を入れ火にかけると、湯が沸騰してからパスタを鍋へと突っ込んだ。
「ねえ、ひかる。パスタのソースは何がいい?」
そういえば、まだソースを決めていなかった。
私は一旦コンロから離れて戸棚を探りながら尋ねた。もちろんソースは、レンジでチンの簡単ソースだ。
「えー、何があるー?」
「えっと、ミートソースとたらことカルボナーラと……」
籠の中に入っている大量のソースを一つ一つ読み上げながら取り出す。すると、ふと何かが焦げたような臭いが鼻を擽り、私は顔を顰めた。
一体何の臭いだろう。
思い当たるものもなく、首を傾げながら何気なくコンロへと目を遣る。その瞬間、全身からさっと血の気が引くのを感じた。
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