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「き、きゃああああ!」
「なっ、何!? 何事!?」
驚いたようにひかるが身を起こしてこちらに駆け寄ってくるが、それに答える余裕もない。
家にあった一番浅い鍋……フライパンに入れたパスタはその半分以上が鍋からはみ出しており、引火し赤々と燃え上がっていたのだ。
「ちょ……っ、何してんの!」
「どうしよう、とにかく消さなきゃ……!」
焦った私は棚の奥から消化器を取り出して構えた。
しかしレバーを引いても水の一滴も出てこない。
「馬鹿っ! もういいから下がってて!」
ひかるはそう怒鳴ると、足元に転がったままになっていた深い鍋を手に取り水を入れた。そして燃え上がるパスタに向かって一気に水をかける。
頭から水を被ったパスタは小さく音を立てて鎮火した。
「ひ、ひかる……」
恐る恐るひかるの様子を窺うと、彼女は肩で息をしながらこちらに背を向けて立ち尽くしていた。
「本当にごめん! 今すぐ片付けて、何かもっと簡単なもの作るから……」
「お姉ちゃん!」
半泣きになりながら焦げたパスタの方へと足を向けるが、強く肩を引かれて立ち止まる。
「もういいよ。今日は出前頼もう。片付けも、明日は家事代行サービスの人が来てくれる日だから、そのままにしとこう」
「でも、こんなに散らかしちゃったし、それはさすがに……」
「それなら私が後で適当に片付けとくからさ。お姉ちゃんがやったらまた何かやらかしそうだし、お願いだから本当にもう何もしないでよ」
ひかるはそう言うと、ぽんと私の頭を叩いて電話を掛けに台所を出ていった。
「……ごめんね、ひかる。結局、今日も出前になっちゃって」
「もう謝らなくていいって。どうせこんなことになるだろうと思ってたし」
届いたお寿司をリビングのローテーブルに広げながら謝ると、ひかるは小さく息を吐いて答えた。
幼い頃から家に親が居ないことが多かったため、家事代行サービスの人が来ない日は、今までほとんど食事は出前か外食で済ませてきた。
友だちに話すと、みんな『好きなものを好きなだけ食べられるなんて羨ましい』と言う。だけど私は、普通の家庭では当たり前の、出来立ての手作りごはんを囲んで食べる生活というものに、ずっと憧れを抱いていた。そして妹にも、そんな生活をさせてあげたいと思っていた。
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