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そこで、高校に上がった昨年、家庭科部に入部したことをきっかけに料理の勉強を始め、こうして家でも料理をするようになったのだ。
しかし元来要領が悪く不器用なため、今のところまともな食事を作れたためしはない。
「でもお姉ちゃん、こんなんでよく部長なんてやってるよね。まあどうせ、体良く押し付けられただけなんだろうけど」
「押し付けられた訳じゃないよ。みんな、帰って家の手伝いをしなきゃいけなかったりして大変らしいから、私が自分でやるって言ったの」
意気込んで訂正すると、ひかるは何か言いたげに私を見た。けれど、結局何も言わないで寿司へと箸を伸ばす。
「そういえば、ひかる。高校生活は慣れた? 部活は何にするか決めたの?」
一つ歳下の妹は、一週間前に私の通う明林高校に入学したばかりだ。明林高校では、生徒は全員どこかしらの部に所属しなければならず、入学して二週間後には入部届けを提出しなければならない決まりになっている。
「まあ。部活はまたバスケ部にするよ」
「えっ、バスケ部?」
思わず声を上げると、ひかるは怪訝そうに眉を寄せた。
「なに?」
「う、ううん。何でもない」
「……ああ、そっか。バスケ部には春兄がいるもんね」
納得したように頷かれ、顔に熱が集中するのを感じて思わず俯いた。
春兄というのは、この家の隣に住んでいる青年、三井春太のことである。私の一つ歳上で、昔からよく私たち姉妹と遊んでくれる、まるで本当の兄のような存在だ。
優しくて、面倒見がよくて。私はそんな春兄に、小さい頃からずっと片思いしていた。
「さっさと告白すればいいのに。ぼんやりしてたら誰かにとられちゃうよ」
脂の乗ったマグロを口へと運びながら、ひかるが呆れたように言う。その言葉に、私はますます顔を上げられなくなった。
そんなことは、言われなくても重々承知している。優しくて、格好よくて、背だって高くて。非の打ち所なんてどこを探したって見つからない、そんな春兄に未だ彼女がいないなんて、それこそ奇跡のようなものなのだ。
分かっている。分かってはいるけれど、理由がなくとも傍にいられる妹ポジションというのは、心地良く、それを失う危険を冒してまでも告白したいという気持ちにはなかなかなれずにいた。
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