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「お、さやにひかる。姉妹そろって仲良く登校か」
次の日の朝。
ひかると二人で玄関を出ると、タイミングよく隣の家から私たちと同じブレザー姿の青年が出てきた。
「あ、春兄おはよー」
息をのんで固まった私とは対照的に、ひかるはあくび混じりに挨拶を返す。
「おい、ひかる。そこは、おはようございますだろ。一応部の後輩なんだし、先輩にタメ口きいてると鬼塚に絞られるぞ」
「うー、私あの先生苦手」
途端に苦虫を噛み潰したような顔で唸るひかるに、春兄は、ははっと爽やかに笑った。
鬼塚とは男子バスケ部のコーチを務める体育教師で、本名は飯塚武という。
しかしその指導のきつさから、生徒たちの間では鬼塚と呼ばれ恐れられているのだ。
「春兄、こんな時間に珍しいね。今日は朝練ないんだ」
同じ高校に通っているとはいえ、学年が違えばそれほど話す機会もない。久しぶりに話す春兄に少し緊張しつつ尋ねると、春兄は笑みを浮かべたままこちらを見た。
「ああ、明後日バレー部が試合で、全面コート使いたいらしいから。久しぶりに朝ゆっくり寝られたよ」
「そっか。よかったね」
答えながら、心の中でバレー部のみなさんに手を合わせる。
ありがとうございます。みなさんのおかげで春兄と久しぶりに話せてます。試合頑張ってください……。
「ところで、さや。どうしたんだ? その大荷物」
「あ、これ? これはね、ハンドミキサーとか、材料いろいろ。今日の部活はクッキーを作ろうと思って」
スクールバッグとは別の手に持った紙袋を、持ち上げてみせる。
私の本名は紺野さやかなのだけれど、春兄は昔から私のことをさやと呼ぶ。それは、春兄の他には両親しか呼ばない呼び方で、私は春兄にそう呼ばれるのがとても好きだった。
「重そうだな。学校着くまで持っててやるよ」
「え? あっ」
不意に脇から伸びた腕に紙袋を攫われ、声を上げて春兄を見上げた。
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