なにかひとつだけでもあれば……

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*** 澄みわたる青空に映える、満開の桜の樹。お花見、日向ぼっこにぴったりの暖かな陽射しと、優しい風。 薄いピンク色の木漏れ日に目を細めながら、幸せに満ちた真ん丸のお腹をなでる。 「もうすぐ会えますねー」 声はもう、届くらしい。 返事はなくても、聞こえているそうだ。 ぽこぽことお腹を蹴られるのは相変わらず不思議な感覚。 夢の残像をあくびと一緒に追いかけようとして、お腹をなでながらまた桜を見上げると。 「そんなところで昼寝してると、毛虫が落ちてくるぞ」 と、仕事を早退けしてきたらしい主人が言う。 「ちょ、やだ!毛虫はやだ!……って、虫が嫌いなことが赤ちゃんに知られちゃうじゃない!」 あわてて飛び起きる私に、あわてて手を貸す主人が「赤ちゃんがびっくりしてひっくり返るよ」と、神妙な顔をする。 なんだかおかしくて笑っちゃう。 「あ、ねぇ。名前決めたんだけど」 「唐突だな。聞かせてよ」 「うん……でも、その前に……病院かな……」 「……えっ!?」 いたたたた、とお腹を抱える私を、あたふたと車にのせて、春風を置いてきぼりにした。
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