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確かにまだ動けば汗ばむこの時期、冬物を入れた引き出しに用はないだろう。
「ねえ、本当にあたしの部屋に入ってない?」
「しつこいな。入ってねーってば」
俺の返答に、妹はちょっと泣きそうな顔になった。
「多分、あれだ。荷物の中にお前の冬物が混じってたんで、母さんが入れに行ったんだよ。んで、ちゃんと閉めなかったんだ。忘れてんだよ、きっと」
「そうかなぁ。お母さんなのかなぁ。本当にお母さんが忘れてるだけだと思う?」
「それ以外の、何があるんだよ? まさか、泥棒でも入ったって?」
「やだ、そんな事言わないでよ! そっちの方が怖いじゃない!!」
「あはは。だから気のせいだって言ってるんだ。早くお前も風呂に入れよ」
「もう……」
やっといつもの調子に戻ったみたいだ。
ひとしきりブツブツ言いながら、妹は着替えを取りに部屋へ戻っていった。
その背中を見送りながら、俺は妹には言わなかった事を胸の中にしまいこんだ。部屋の様子が変わっているのは、妹だけじゃない。俺の部屋でも同じような事が起こっていた。
開けたはずのない窓が、朝になると勝手に開いていたり。消したはずのラジカセから、急に音楽が鳴り出したり。
大体、母さんの様子だっておかしい。
流しの水を出しっぱなしにして、ボーっとしている時がある。声をかけても聞こえていないらしく、返事もしない。最近では体がダルイらしくて、いつでも疲れた顔をしている。
父さんに相談してみても、慣れないご近所づきあいで疲れているんだろうと言うばかりだ。
何だろう。
せっかく広い家に引越して、楽しく生活できると思ったのに。
みんなの歯車がちょっとずつズレている感じだ。
「……ご近所づきあい、か」
気になるのは家の中だけじゃない。
近所の人たちの様子も気になる。
朝、学校へ向かう途中で顔を合わせる隣のおばさんなんか、俺の顔を見るとあからさまに怯えたような表情になる。
そんなに怖い顔してるか、俺?
「いやあぁぁぁぁっっ!!!」
風呂場から妹の叫び声が響いてきた。
「どうしたっ!?」
慌てて風呂場に飛び込むと、バスタオルを巻いた妹が真っ青な顔でへたり込んでいる。
「何があった!?」
覗きでも出たのか? そう思って妹の指差す先を見た俺は、全身の毛穴が開くような感覚に襲われた。
湯船一杯に、真っ黒な長い髪の毛が浮かんでいる。
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