カゾク ノ イエ

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 うねうねと湯の動きに合わせて揺れる髪の毛は、ちょっと抜けました、と言うような量ではない。まさに一面に浮いているのだ。 「何、コレ……」  ガタガタと震えながら、妹は涙目になって呟いた。 「あり得ない……。さっき俺が出た時はなんともなかったのに」  そうだ。俺が風呂から出て、それほど時間が経ったわけではない。第一、俺の髪の毛はこんなに長くない。  妹はショートカットだし、母は肩を越すくらいの長さしかない。 「誰のいたずらだよ……」  他所の家の誰かが、うちに嫌がらせのために投げ込んだんだろうか? しかし、他家からこんな嫌がらせを受ける心当たりもない。 「もう、やだぁ……」  ついに妹は泣き出してしまった。 「と、とにかく、そのままじゃ風邪引くから。何か着て来い。な?」  怯えて泣きじゃくる妹なだめすかし、どうにか風呂場から追い出した。  気持ちのいいもんじゃないが、このままにしておくわけにもいかない。しかたなく、俺は掃除用の長手袋をはめて、湯船の中に手を突っ込んだ。  ゴム越しに絡みつく髪の毛の感触に、全身に鳥肌がたつ。誰のものかも分からない大量の髪の毛。いっそ風呂の栓を抜いて湯を落としてしまおうかとも思ったが、この量ではどのみち詰まってしまうだろう。  脱衣所にあったゴミ箱へ投げ捨てるが、手袋に絡みついた髪は容易には離れてくれない。それがまた、気持ち悪さを倍増させる。  あらかた髪の毛をすくい終わる頃には、ゴミ箱のビニール袋にこんもりとした髪の毛の山が出来ていた。  ブルッと全身が震える。  急いでビニール袋の口を縛り、風呂の栓を抜いて湯を落とした。すくいそこねた長い髪が、渦に巻き込まれて流れていく。  ゴミ袋を家の中に置いておくのも嫌なので、勝手口の外にあるポリバケツに捨てに行こうと立ち上がった瞬間、背後から声がした。 「一体、何の騒ぎなの?」  振り向くと、冴えない顔色をした母が立っていた。今日は夕方から気分が悪いと和室で横になっていたはずだ。俺達が騒いだので起きてしまったのだろうか。 「ああ、ごめん。起こしちゃった? いや、ちょっと風呂がね」 「おふろがなぁに? ねむれないのよ、さわがないでちょうだい。だいたいごきんじょさんにもめいわくでしょこんなにうるさかったら……」  視線は前を向いているが、俺を見ていない。  誰に話しかけてんだよ、母さん!
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