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都内で焼き鳥屋を営む、Nさんから聞いた話。
大学に進学したのを機に、Nさんは都内で一人暮らしを始めた。
地元を離れて、念願の一人暮らし。でも、高齢の両親に多額の仕送りを頼むわけにもいかず、Nさんは出来るだけ経費を削減しようと安めの物件を探していた。
とは言っても地元と違い、手頃な家賃の物件がゴロゴロしているわけではない。色んな部分を妥協し、不動産屋巡りを繰り返す。なかなか条件に合う物件が見つからず、ただ焦りばかりが膨らんでいた頃。
とある不動産屋で、1枚の間取り図を見せられた。
『品川駅 アパート 6畳1K 家賃30,000円 礼金・敷金なし』
「これ、本当ですか?」
「ここね、商店街も近いですよ。駅まではちょっと歩きますけど。ただお風呂がないんですよねぇ。トイレも共同になります。ですが、これ以上家賃が下の物件っていうのは、もうないと思いますけど」
空調が効いていないのだろうか。
春先だと言うのに、妙に蒸し暑い店内で、うちわをパタパタと動かしながら禿頭で眼鏡の担当者がNさんに勧めてきた。
「ここにしますっ!」
講義が始まるまで、それほど時間は残されていない。どうにかして大学の講義が本格的に開始されるまでに、住む場所を見つけなくてはならないという焦燥感から、Nさんは物件を見ることもなく即決した。
アパートが決まった事で気が楽になったNさんは、残り少ない春休みを使って引越しをする事にした。
高校時代からの友人達に声をかけトラックを出してもらったNさんは、もともと少ない荷物を積み込み、不動産屋からもらった鍵と住所の書かれた地図を手に意気揚々とアパートに乗り込んだ。
地図を頼りに辿り着いたのは、品川駅前の商店街を抜けて少し進んだ住宅地の中にあった。
木造二階建ての古びたアパート。その1階の角部屋。102号室がNさんの借りた部屋。
「内観しなかったけど、こりゃまた……」
「その家賃の相場なら、これでもいい方だろ? 風呂はないけど、共同とはいえトイレはあるんだし。来る途中に銭湯もあったじゃん」
確かにトラックの窓から見えた商店街の一角に、銭湯ののれんが見えた記憶がある。
「まあ、仕送りにも期待できないしな。贅沢は言えんわ」
友人達とそう言って笑い合いながら、Nさんは自分の借りた部屋の鍵を開けた。
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