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トンカツ屋を切り盛りしているのは人のいい50代の女性で、疲れた顔をしているNさんに事をなにかと気遣い、まかない以外にも「夕食用に作ったんだけど、多過ぎて」などとおかずを増やしてくれたりもしていた。
何くれとなく世話を焼いてくれる店主のおかげで、食べる事に関してはどうにかやり繰りする事が出来た。
ただ寝ても抜けきらない疲れのせいで、常にボーっとしているような感じだった。自分の意識は靄の奥でただ見ていて、体が勝手にプログラムに沿って動いているような感じだ。
あまりにも顔色が悪かったのだろう。土曜日に引越し作業に出向いたNさんは「無理をしてお客さんの大事な家財道具を壊す訳にはいかないから」と休むように言われた。
「しっかり寝るんだぞ。この仕事は体力勝負だからな。次の出社までに体調を戻しておくように」
上司の言葉を背に受けながら、Nさんは会社を後にした。
こんなに早い時間に自宅へ帰るのは久し振りだ。
商店街で出来合いの総菜を買い込み、ふらふらとアパートへ戻る。酒でも飲めれば一気に眠れるのかもしれないが、あいにくとNさんは未成年。
仕方なく冷蔵庫の麦茶を相手に、パック容器のまま総菜をパクついた。
敷きっぱなしになっている布団は気持ち湿っているような気がしたが、そんな事はどうでもいいほどNさんは疲れ切っていた。這うようにして布団に潜り込むと、言われた通り眠って疲れから解放されようと試みた。
だが、眠れない。
全身くたくたになるまで疲れきっているのに、頭の芯が熱を持ったようになって、目を瞑っても眠りは訪れない。眠ろうとすればするほど、意識が冴えて行く。
「……参ったな。眠れねぇよ」
それでも横になっていれば疲れは取れるだろうし、そのうち眠れるだろう。そう考えてNさんは横になって天井を見上げていた。
静かなもんだ。上の階の住人は、眠っているのだろうか。物音ひとつしない。
天井の木目をぼんやりと見つめるうちに、ようやく訪れた睡魔に身を委ね、Nさんは眠りの淵へ引き込まれていった。
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