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いびつに歪んだ、人の形を適当にこねくり回したような、そんな形をした煙。質量を持ったその煙が、自分の足元からザリザリと音を立てて近寄ってくる。
(まずい!!)
Nさんは咄嗟にそう考えた。
根拠があった訳ではない。
本能的に悟ったのだ。
「ソレ」は遭遇してはならない類のモノだ。
目を合せてはいけない、意識を向けてはいけない。
Nさんは痛みさえ感じるほどに乾いてしまった目蓋を、無理矢理閉じた。しかし、目を閉じてしまった事で余計に耳に神経が集中してしまう。
ザリザリ……ザリザリ……ザリザリザリザリ……。
音が急激に近くなる。
相変わらず全身は金縛りで動けず、毛穴という毛穴からは気持ちの悪い汗が噴き出していた。
ザリ、ザリ、ザリ、ザリ……。
Nさんの胸の辺りで音は止まった。
荒くなる息を必死で抑えつつ、Nさんは胸の中で日頃は信心などしていないにも関わらず、懸命に「南無阿弥陀仏」と唱え続けていた。
(こっちに来るな! あっちに行ってくれ!)
それしかなかった。
しばらくの間、必死になって胸の中で念仏を唱え続けたNさんは、ふと部屋の中から音が消えているのに気がついた。
(いなくなったのか? もう大丈夫なのか?)
まだ全身の金縛りは解けないが、それでもホッとして力を抜く。
Nさんが肺の中に溜めていた息を大きく吐き出す、その瞬間を待っていたように──。
閉じられた目蓋に何かが触れた。
汗ばんだ肌に触れる、乾燥した木の枝のような感触。
「それ」はググッと無理矢理にNさんの目蓋を開き始めた。
(なっ!?)
「それ」に抗おうとNさんは懸命に目蓋に力を込める。しかしそんな努力も空しく、目蓋は徐々にこじ開けられていった。
変に力を入れているせいで、視界が歪む。
その歪んだ景色の中にいたモノ……。
『起キテルンデショ? 知ッテルヨ』
唇の両端をニイィィィっと吊り上げて嫌らしく哂う「それ」を目にした瞬間。
「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
その後の事は何も覚えていないと言う。
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