麗しの射干玉の

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「ええ、とても綺麗です。これまで染めたり、脱色したりしてませんよね? 傷みが少なくて艶もいい。素敵な髪の毛だ」  鏡越しの彼は優しく私の髪を撫でていた。  その視線は私の髪に注がれているのに、私はまるで全身を見つめられているような気がした。彼の指が私の髪を撫でるたび、彼の指が私の肌を滑るような錯覚に陥る。 「綺麗だ」──その言葉が、私の脳内で繰り返し繰り返し甘い囁きとなって流れ続ける。優しく動くその指が何度も私の髪を撫で、異物を取り去っていく。やがて「はい、もう大丈夫ですよ」という言葉と共に、彼の指が離れていった。 「これで全部取れました」 「ありがとうございます」  名残り惜しささえ感じながら、私は椅子から立ち上がった。バッグを受け取り、中から財布を取り出す。 「おいくらになりますか?」 「カットもシャンプーもしてませんからね。今日のお代は結構ですよ。でもその代わり、次回から贔屓にして下さい」  彼は笑顔でそう言ってくれた。お礼を言って美容院を出る。 『綺麗だ』  夢のようなその言葉が頭の中で鳴り響いている。  一度でいいから『綺麗だ』と言われてみたかった。誰かに自分の『綺麗』な部分を見出して欲しかった。その夢が、まさか今日叶うなんて……! 「私の髪、綺麗だって。素敵な髪の毛だって」  何度も唇に昇らせ、その甘みを反芻するかのように呟いてみる。  この日から、私の人生は変わった。そう、私にだって、他人から認められる部分があったんだもの。  あれから美容院に通うようになった。毛先をカットして、シャンプー、トリートメント、ブロー、セット。髪を傷めないようにパーマやブリーチは避けた。  彼に『綺麗な髪だ』と褒めてもらえるのが、最高に嬉しかった。髪を認めてもらえる事が、私を認めてもらっているような気がして。  彼がお店に出る日をチェックし、それに合わせて出掛けて行った。でも、何度も顔を出しているうちに、彼の表情にちょっとした変化が現れるようになった。 【また来たのか……】  もちろん私はお客としてお店に行っているのだから、あからさまにそんな顔を見せたりはしない。でも──私を見る目が雄弁に語っている。  違う。違うの。  あなたに好意を持っているとか、私を好きになって欲しいとか、そういうのではないのよ。  ただ、『綺麗だ』って言って欲しかっただけなの。  もう一度。
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