第1章

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 お遍路道中は修行の場といわれる。いわゆる十善戒といわれるものだ。  一、不殺生(ふせっしょう)…殺生することなかれ。  二、不偸盗(ふちゅうとう)…盗むなかれ。  三、不邪淫(不邪淫)…邪淫することなかれ。  四、不妄語(ふもう)…偽りをいうことなかれ。  五、不綺語(ふきご)…虚飾の言葉をいうことなかれ。  六、不悪(ふあく)…悪口をいうことなかれ。  七、不両説(ふりょうぜつ)…二枚舌をつかうことなかれ。  八、不慳貪(ふけんどん)…貪ることなかれ。  九、不瞋恚(ふしんに)…怒ることなかれ。    十、不邪見(ふじゃけん)…よこしまな考えを起こすことなかれ。  この十戒のなかで三番以外は守ってきたといえる。だが、邪淫することなかれは難しい。これまでの緒方雅宏にとって、色欲こそ生きる力だった。  一歩引いて互いに独り身なら邪淫にはならない。人様に迷惑が及ばない色欲なら、お大師様も見て見ぬ振りをしてくださるだろう。そう思うことにした。  第二十二番札所は平等寺だった。  日和佐駅発十時二十二分発の徳島行きに乗った。三十一分後に新野駅に着いた。歩いて二十五分のところにある。 「おじさん、今日は何番までお参りするの?」  詳しい行程は話していない。退職してから自由気ままに生きることにして来た。行き当たりばったりの暮らしに慣れきっていた。 「三番札所、金泉寺(こんせんじ)まで行ければいいのだが」 「そのお寺で泊まるのですか」 「一番札所霊山寺(りょうぜんじ)の宿坊は、今は休止しているらしい。二番札所極楽寺にはあるのだが、三番札所金泉寺には無い。どこの宿坊も大部屋がほとんど。わたしは個室でないと眠れない質だから、近くにホテルがあればそこに泊まることにする。無ければ徳島まで引き返すつもりだ」  新野駅では日和佐駅発十二時過ぎの電車にのる予定だった。時間はまだたっぷりある。   「一服してコーヒー飲みませんか」  道筋の小さな喫茶店に入った。小綺麗な店内だった。 「面白いはね、暖簾くぐってコーヒー二杯っていうの」 「そうだな、和洋折衷って、田舎を巡ればままあることだよ」 「おじさんは、あっちこっち行ってるようですね」 「日本はあまり旅行していない。ヨーロッパとか中東は仕事で回っただけだ」      
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