第1章

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 女は気づいている。そんな気がしたが、邪気を抑えながらバスタオルで濡れた肌を拭いてやった。  そこに乾いたバスタオルを掛けてやる。  最後に残った薄い下着を剥ぎ取ると、そこは少女のような微毛が生えていた。  陰部の周辺から臀部足先まで、丁寧に拭いてやる。  顔に貼り付いた髪も拭き、体を横にしたり持ち上げたりして、家内が着ていたパジャマを着せた。  いまは誰も使わなくなった隣室のベットに女を運び、エアコンのスイッチを入れてリビングへ行った。  暖房機を回しておきソファに横になった。女がいった「よすが……」を辞書で引いた。  よすがというのは「縁」と書き、ほかには因とか便とか書くこともあるらしい。断つには忍びない恩愛とあり、離れ難い情実だとも書いてあった。  夕方から級友宅で呑んでいただけにハプニングが落ち着くと急に眠くなった。  いつのまにかソファの上で眠り込んだようだ。リホームした実家の窓から、カーテン越しに朝日が射し込んでいた。  時計をみると七時を過ぎていた。野良猫たちの餌やり時間は一時間過ぎていた。日が昇りきると猫たちは、爺さんは休みだと知って塒に帰るだろう。  隣室の気配を窺うと、かすかに寝息が聞こえてきた。それを見定めた後自室のベットに入って二度寝した。  うたた寝はそう長くは続かず、一時間ほどで目は覚めた。  朝飯はどうするのかと隣室を覗いた。  女は起きていた。 「朝はパンとコーヒー、今朝の果物はバナナと林檎だ。作るからガウンを引っかけて食べにくれば……」  洋服箪笥から家内のガウンを出してやる。 「すみません、お世話になりました。まだ胸がつかえて食べられそうもありません。コーヒーだけ頂きます」  女は化粧はしていなかった。たぶん、化粧道具は忘れたか落としたのだろう。顔にまとわり付いていた髪を後ろに束ねると、なかなかの美形だ。 「昨夜はご迷惑をお掛けしました。有り難うございました」  女は椅子に座る前に深々と頭を下げて礼をいった。  コーヒーをすする女を見ていると、どこがで会ったような記憶がした。  二十四、五年前になるであろうか、幼い頃の面影だった。それが誰の子どもだったのか、直ぐには思い出せなかった。
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