第1章

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 阿波(徳島)の人はお遍路さんが門口に立つと、その家の人は御接待とかいってもてなす風習がある。小銭だったり米お茶お菓子など、子どもごころに良いなあと感心していた。今もってその風習は続いている。  他の三県(香川・愛媛・高知)はどんな風習があるのか見てみたいと思っていた。 「そんなことでお四国参りするのですか」  加奈子が呆れていた。今どきの巡礼者に御接待が目当てで八十八ヶ所参りする人はまずいないだろう。 「業を落としに行くつもりだ」 「業って何ですか」 「色々あるけどな、まあ、これまで生きて来て背負った女色の垢を落としに行く」 「ふうん、女を泣かせて来たわけね。お母さんもそのうちの一人?」 「突き詰めればそうなる。」 「お母さんとの思い出も消し去ろうということね」 「そういうことになるだろうな」 「可哀相なお母さん!」  加奈子が叫んだ。 「わたしは美春さんを丸め込んで捨てたりしていない。事情を話しただけだ。そしてそれまで待ってくれとはいえなかった」    現場はどこも危険地帯だといってよかった。いつ何時襲われるかも知れないし、紛争に巻き込まれる怖れも多分にあった。そうなったとき待っている美春さんはどうなる。  あたら美しい婚期を逃してしまうことになる。  確かに雅宏は色好みだ。見境なく女と関係を持った。生死の境目にいる男たちは、女との交わりが生きている証しだった。言い分けではないが、そのときはいつも真剣だった。  加奈子が遠くを見ていた。雅宏の言い文を納得したかどうかは分からない。だが、彼女が何をどう思おうと関わりはない。 「面白そう、緒方さんの業とやらが落ちるかどうか、見届けたいわ」  ついて来る気だ。  淫欲が落ちるとすれば昇天しかない。加奈子を道連れに淫欲解脱の旅と洒落てみるか……。      二  第二十三番札所薬王寺から出発することにした。歩き遍路で行くつもりだったが、加奈子のことを考えて、公共交通機関の使えるところは、バスか電車を利用することにした。  何はともあれ、遍路用品を揃えることにした。昔ながらの遍路姿は菅笠、金剛杖、草鞋に全身白装束が多いが、いまは参拝者の好みでいいらしい。
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